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私が森にこだわり始めたのは、なんと言っても「森と人との心の繋がりを知りたい」という事からでした。森林生態学のような科学の視点は現象を説明していく上で理解してもらいやすいと思われる分野です。一方、心という分野は見えているものを説明するのではないのでなかなか一定の理解を得ることが難しい分野です。(なんといっても心はどこにあるのか?という事も証明できないのですから)

生態系や多様性の問題に取り組んでいてもやはり最後に辿り着くところは日本人ならでは精神性です。月並みですが、日本には様々な形の自然があり、そこから生まれた文化や信仰がありそれが受け継がれてきたのですが、それらを受け継ぐということは時として面倒だったり、効率的でないように思われたりして気がつくと便利とか効率的とかを追い求め楽しみも瞬間的な刺激になれてしまい時間をかけて手に入れるゆるりとした楽しみを忘れてしまった生活を送るようになってしまったのではないでしょうか。けれど、やっぱりどこかが歪んできたり、何か分らないけれどこの先に不安を感じるようになってきているのが現代なのではないでしょうか。でも、何が不安で、どうしたらよくて、どこに戻ればよいのかも分らないほど日本人は森と離れてしまったと、私は感じています。

自然とお付き合いするのは本当にしんどいです。面倒くさいです。結果は直ぐ出てくれないし、時として危険や汚い、もあります。けれどそれと一緒だと不思議と元気になるのです。身体は疲れても、よく眠れるし、ご飯も美味しくなります。それ以上に気持ち的に楽になれます。森や樹木の営みを知るとそれらは自分よりはるかに大きくて強くてしなやかな生き方をしていることを感じ取ります。そして、決してかなわない大きな命に出会うことで相手を畏れ、信頼し、委ねることが出来るようになっていきます。かといって相手に任せるわけではありません。それぞれの役割を知ることができ、また自分もその役割を担ってこの世に出現し去っていくのだとしたらその役割を果たしたい。と願うようになるのです。役割に大きい、小さいは関係ないということも森は教えてくれました。私がここにいるといること、それが大事なのだというただその一点のみです。

今あることに感謝し、自分の命を、自分の持っている時間を使って生きたいと思うようになったとき、人は生きる力を得るのではないかと思うのです。

森から離れ過ぎてしまったのではないでしょうか?
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