LINEで送る
Pocket
LinkedIn にシェア

画像渋川指揮支援119より

これからの文章は私が長野県防災ヘリの事故後に長野県防災センターへ献花に行ったときの体験と思いを友人である広沢里枝子さんへ語った所「是非、手紙にしてください」と言われ綴ったものです。里枝子さんが5月27日(土)4時からの放送ではこの内容をもとに放送内に入るようにしたものを伝えてくださります。

どうぞ、今も救助にあたる方々、防災に関わる方々、そして今は空にいるであろう隊員の方々に届きますように。

http://r-mado.com/

5月7日ゴールデンウィークの最終日、所用で松本へ行くことになった私はどうしてもよりたい場所がありました。
そこは、長野県消防防災航空隊が駐屯している消防防災航空センター。私は、消防防災航空センターに献花したいと思っていました。

今年3月5日に長野県の防災ヘリが墜落し、9名の隊員の命が失われました。そのニュースが流れたとき、私はテレビに釘付けになりました。「まさか!あのヘリが!」
一昨年の夏、私は池の平湿原のガイドをしていました。参加者は20名ほど。天気がよく青い空が広がっていました。あまり日陰がないルートなので給水を何度か呼びかけ休憩をとりながら昼食をとる尾根に着きました。参加者は思い思いの場所で昼食をとり出発の時刻を迎えました。午後のルートに向けての諸注意をし始めたところ私の目に参加者の男性が膝から崩れ落ちる姿が目に飛び込んできました。慌てて駆け寄り支えようとしましたが体格のよい男性を抱えきることが出来ず男性は倒れこんでしまいました。

咄嗟に「熱射病か!」とおもい周囲の人に日陰を作ってもらうようにお願いしながら男性の荷物を身体からはなし、シャツとズボンを緩めました。声をかけると返事ができ、頭を打っていないことから動かしてもよいだろうと判断し、他の参加者の方の協力を得て日陰がある場所に男性を運びました。「意識はあるが、自力で歩くことが出来ない・・・この状態では自力で下山は出来ない。」と判断し、同行している主催者側のスタッフに119に連絡するようにお願いしながら、男性に声をかけながら水分をとってもらうように促し、男性の身体の熱をとる処置を施しました。幸いにも尾根だったので携帯が通じたのですが池の平湿原は決して電波状態がよい場所ではありません。

熱中症の処置をしながら、手首から脈をとってみました。!!!脈が弱くなっている?!

熱中症じゃないかも。脳貧血?咄嗟に、血流を頭に流すことを考え男性の足の下に荷物をいれ足を高くしました。

もう一つ幸いだったのは参加者に保健師さんが参加してくれていたことです。それでも熱中症の可能性は捨てられないので保健師さんの手をかりながら男性に声をかけながら少しずつ水分をとってもらうようにしました。私達が男性に対応している間に連絡がつき上田広域連合真田消防署から救急隊が登ってきてくれることになりました。既にドクターヘリにも連絡を取ってくれていたのですが、池の平湿原はドクターヘリが着陸できないと言うことで救急隊を待つしかない。という状況でした。

「救急隊が登ってくる。それまで繋げよう」私の頭の中に浮かんできました。保健師さんに残ってもらうことにし、他の参加者は主催者側のスタッフに託し下山してもらうようにお願いしました。

男性の様子を見ていて熱中症ではないかもしれない。という思いは一層強くなりました。冷やしているのに、汗が引かない・・・汗と言うより冷や汗といえるような玉のような汗が出てきている。胸が苦しいと言い始める。左を下にして寝ていると苦しい。脈が不整脈になってきている。意識が遠のく。「心筋梗塞!」咄嗟に私の頭に浮かびました。なぜなら、以前心筋梗塞になった夫から聞いていた症状とそっくりだったからです。

内心冷や汗が出ました。けれど、慌てる様子をみせるわけにはいきません。とにかく繋げるしかありません。保健師さんに脈を取り続けることをお願いし、足を高く血流が上に向かうようにしながら、心臓が止まったら心肺蘇生をする覚悟をしました。連絡をしてから40分ほどで救急隊が登ってきてくれました。「よかった!つなげられた。」とまず思いました。救急隊は直ぐに心電図をつけてくれ、男性は「心筋梗塞」であることがはっきりしました。「防災ヘリを呼びます」と声をかけられ「お願いします。」と答えたのを憶えています。

其処からは、私は救急隊の支持でヘリが来たときの準備に入りました。ヘリが救助活動をしている間は強い風が吹くので周りの荷物や飛ばされそうなものを片付けること。それが終わったら、登山者に協力をお願いして近くにいる登山者にはその場から離れてもらい登ってくる人にはその場に入らないようにお願いすることを救急隊の人と共に動きました。そうしているうちに「ヘリが来ました」という声が聞こえました。「手を大きく振ってください」と言われ私は夢中で大きく手を振りました。見る見る近づいてくるヘリ。私の目に濃いオレンジ色の長野県のマークが飛び込んできました。それは防災ヘリの機体の底に描かれている長野県のマークでした。「助かった!」心の底から思いました。そして、そのオレンジ色のマークがとても力強く見えました。強い風がまく中、ヘリから隊員がロープを使って下りてくるのが見えます。私は登山者にこれ以上進まないようにお願いしながらその様子を見上げていました。そのときも目に見えていたのは、あのオレンジ色の長野県のマークでした。隊員を下ろすとヘリは一度離れていきました。てきぱきと処置をしていく隊員たち。待機していたヘリが旋回して戻ってきました。男性を抱えた隊員がヘリへと収容され、ヘリは佐久医療センターへ向かって飛んでいきました。青い空に小さくなっていくオレンジ色の尾翼を見送りながら「助かった!」と心から安堵しました。
あの時見上げた濃いオレンジ色の長野県のマーク。本当に力強く、誇らしく思いました。長野県のマーク・・・それはヘリに描かれているだけ・・・かもしれません。けれど、それに命を吹き込んでいるのは隊員の方々です。命を懸けた毎日の活動がマークに命を吹き込み下から見上げている私達に大きな安堵感と信頼と、そして県民としての誇りをもたらしてくれているのです。

山岳県に生まれ、人生の中で山で活動をする機会を与えられた者として長野県消防防災航空隊があることは最後の命綱です。一番は、お世話にならないように心がける。けれど100%の安全はどこにもない。だとしたら救急隊がきてくれるまで防災航空隊が来てくれるまで生命を繋ぐためにがんばる!それがガイドの役割だと、思います。
献花をした際に対応してくださった隊員の方が何度もこう仰いました。「申し訳ありません」

「県民の財産を失ってしまい申し訳ありません」「救助に出ることが出来ず申し訳ありません」

私は胸が痛くなりました。涙が出てきました。なんと言ったらよいか分りませんでした。

「誤らないでください」ただそれしか言えませんでした。「誤らないでください。何も誤ることなど一つもないのです。私達は支えられています。皆さんに、支えられています。仲間をなくし、今、救助に出ることができない歯がゆさを感じている皆さん。一番辛いのは救助に携わっている皆さんでしょう。」その時は、その言葉が口から出ませんでした。伝えられませんでした。
日々、救助に当たっている救急隊員の方々の中での一つ。その一つ一つの救助活動によって命を繋いでもらったものがいます。その時の感謝は決して忘れません。そして、その信頼は一層強くなりました。
あの時、目に飛び込んできたオレンジ色の長野県のマークは今も目に浮かびます。山岳県に育ったからこそ持つ山への思い。それを支えてくれているのが救助隊の存在だと失ったから今だから感じています。

皆さんの存在と、命を吹き込まれた機体の底の長野県のオレンジ色のマークは県民の誇りです。
いま、比較的楽に2000m級に上がれてしまいます。ガイドも日帰りできるから、車が近くまでいけるから、歩きやすく整備しているから。などで沢山の方が訪れます。池の平湿原もそういう場所です。けれど、それは違うと私は思います。臆病になること、万が一を考えること。それを忘れてはいけない。ということを、いつも思います。そう思わせてくれたのも命を懸けて救助してくださる姿を見せてもらったからです。
なくなった隊員の方のご冥福を心からお祈りすると共に、今も活動を続ける救急隊の皆様に心から感謝します。

池田雅子

長野県防災ヘリアルプスに寄せて